農地法と農地転用

 農地改革の前提とした土地所有権とは、農業経営の基礎としての土地所有権すなわち農民の生存権的土地所有権であって、交換価値の把握をめざす商品所有権としての土地所有権ではなかったはずです。しかしながら、商品交換社会において、すべての所有権が商品所有権としての性質をもつという法則は、自作農的土地所有権においても例外でありえなかった。そのため、農地改革が、本来は商品所有権としての土地所有権の移転を目的としたものでなかったにもかかわらず、改革後の自作農的土地所有権は、商品交換社会一般の法則に規定されて、交換価値の実現をめざす商品所有権としての性質をもその中に含まざるをえない。かくて農地改革によって土地所有権を取得した小作農は、自作農(土地所有者)になった瞬間から、土地所有権に対する農地改革法の規制をしっこくに感ずるという新たな矛盾に当面せざるをえない。なぜならば、自作農は現在において自作であるとしても、将来いつでも土地を売却や貸付に出す可能性を含んでおり、その意味で、つねに、潜在的には、商品所有権たる土地所有権の担い手としての立場に立っているからです。

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 このように、農地改革前には地主を敵とする立場に立っていたはずの耕作者が、改革によって土地所有者つまり地主の立場に立つようになり、しかもそのような土地所有者が戦前と異なって圧倒的多数を占めるようになったということが、実は農地改革のもたらした最大の矛盾であったのです。改革によって新しく地主の立場に立つに至った広範な農民を、旧地主から守るために地主的利益一般の制限は存続しなければならない。しかし、この制限を存続すれば、農地改革がつくり出した広範な自作農つまり土地所有者の利益に反する、というジレンマにいかに対処すべきかという難問がここに生ずる。それは、いわば一つの土地所有を否定し、旧地主を追いはらい、その代りに他の土地所有を認め、新地主をつくり出した農地改革方式そのものに根本的に限界があったことを示している。すなわち、農地改革は、大きな変革であったにもかかわらず、土地所有権中心主義という日本の農地法制の伝統を根底から変えるものではなかった。
 もし農地改革が、耕作者に耕作権を与えるという方式をとっていたならば、その後の農地法制の、したがってまた土地法制一般の動向は、かなり異なった様相をおびたはずである。しかるに農地改革が土地所有権中心主義の考え方を脱却できなかったために、改革後、いくばくもなくして、農地所有権に内在する二つの性質、すなわち農業経営の基礎としての土地所有権と商品所有権としての土地所有権という二つの性質の矛盾と対抗が顕在化するに至り、しかも後者がしだいに前者を圧倒してゆくというのが戦後農地法制の展開過程であった。
 強制譲渡令における二重の無地価格体系の創出により、農地所有権に含まれるこの二つの性質の差異と相互矛盾とがはじめて顕在化するに至った。また高度成長以降における農地法の数次にわたる改正も、戦前と異なる新しいタイプの農地所有と経営の分離の過程における二重の農地価格体系の矛盾に対する、それぞれの段階における処理のしかたを示している。農業にとって不幸であったことは、この矛盾の処理の基準が一貫して、農業経営の発展ということに置かれたのでなく、資本の要求する労働力流動化政策の一環としての離農政策、そして、それと表裏一体をなす農地流動化政策の遂行、という点に置かれたことです。土地所有権中心主義の下で、しかも地価がたえまなく上昇するという条件の下で、談笑をやめても土地所有権を容易には手放さない農民を、土地もちのままで離農させるには、土地利用権(耕作権)の保障をゆるめても、土地所有権の尊重を重視しなければならない。かくて戦後の農地法改正のプロセスは、土地利用権の保障が一歩一歩後退するプロセスでもあった。
 しかしながら、他方において、農業基本法以降、農政の基調は、農業経営の拡大と近代化をめざし、その方向づけのための諸施策をも打ち出すに至っている。農業経営の近代化という観点からいえば、土地利用権保障の後退は、農地に対する大規模な、あるいは長期にわたる資本投下や安定的な農業経営にとっての障害を意味する。こうして、農政は、あい異なる、そして対立しさえする二つの課題を統一できないままに、動揺しつづけているのです。これは、農業政策が固有の農業政策としては独立して存在しえないからです。このため農地法改正は、いずれの立場からみても、中途半端なものにならざるをえず、実効性のうすいものにとどまっている。
 戦後農地法の大きな転換を示すものとして注目された昭和四五年の農地法大改正についてみても、賃借権の保障を弱体化させることによって賃借権の流動化をはかったが、それによって、賃借権流動化が必ずしも進んだわけではなく、他方、農業経営を本格的に営もうとする立場の農民にとって、改正農地法による賃借権の保障の後退は、資本投下の安定を阻害するマイナス要因として作用している。改正農地法の下でも、請負耕作は衰えていない。
 現在における土地所有と経営の分離の実態について、統計上、確実な資料は存在しない、無地改革残存小作地が一五万ha、その他の農地法上の正規の小作地が八万ha、ヤミ小作を含む全小作地が四〇から四五万haであり、全農地の一割を占めるまでに至っている。この貸借の人的関係は、戦前に比較して、はるかに複雑になっており、一方で貸付け、他方で借りるという貸借関係の交錯も見られ、貸主と借主の関係が戦前の地主と小作人の関係のように階級的対立としてはあらわれない。しかも賃借関係そのものは広範な範囲にわたっており、貸借関係の把握においてかなり過少と認められるセンサスによっても、借入農家は一四三万戸、貸付農家は六五万戸を数えており、総農家の四〇%近くが貸借に関係していることになる。これに請負耕作その他の統計上把握できない実質上の賃貸借をも加えて推定すれば、貸借関係の拡がりは農家総数の半ば以上を超えることはうたがいないとされている。これを階層別にみれば、農地法上の正規の賃貸借の場合には、上層から下層への賃付傾向がみられるが、これと逆に請負耕作その他のヤミ小作の場合は、兼業に傾斜した下層の貸付と専業を志向する中・上層の借り受けの傾向が明白となりつつあり、全休としては後者の傾向がいっそう顕著になってきている。
 このことは、現在、事実上の賃貸借関係がきわめて重要な役割を果していること、しかもそれは戦前の地主小作制とは全く性質を異にする耕作貧民相互の貸借関係であること、を示している。そして、この耕作農民相互の関係において、農地法の規制は無力化しつつあり、自由で自主的な貸借関係がうまれてきている。残存小作地の処理は別個に考えなければならないが、この新しくうまれつつある耕作貧民相互の関係は、対等な市民相互の賃借関係に近いと見ることができる。無地が農業経営の基盤であり、農民生活を支えるものである限り、農地をさしあたり必要とする者とそうでない者との問で融通しあうことに何らの問題を生ぜす、農地法の規制も必要でないであろう。しかし、現実には、農地の転用に典型的にみられる農業外的要因の重圧が無地制度を大きく歪めており、この要因が、農地賃貸借関係にも影響している。たとえば離作料の問題一つとってみても、耕作目的の小作地引き上げのさいには離作補償慣行が従来存在しなかった地域においても、転用目的の小作地引き上げの場合には離作補償を伴うのが通常となっている。耕作者としての農民相互の関係としては問題にならない関係が、耕作者と農地転用をのぞむ非農民的土地所有者との間においては新たに複雑な問題を生じさせるに至っている。そこで次に現在の最大の農地問題ともいえる転用に目を向けよう。

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