新全総から日本列島改造政策

 昭和四〇年代に入ってから、旧令総は新全総(新全国総合開発計画)へと展開し、それはさらに日本列島改造政策へと引きつがれ、成長至上主義、GNP至上主義を基調とする開発構想が三〇年代以上にエスカレートした。同時にこの時期は、開発に伴う諸矛盾、とくに国民生活に与えるマイナスの影響が一挙に表面化して、列島改造政策の破綻が明白となってゆく時期でもある。
 経済成長の目標は、昭和四〇年の「中期経済計画」では八・一%、同四二年の「経済社会発展計画」では八・二%とされた。これを前提として同年の経済審議会地域部会の報告「高密度社会への道」では、地域格差是正、過疎・過密是正のため、公害発生企業を後進地に移し、巨大都市に中枢管理機能を集中し、産業構造の高度化と国際化を進めるため、日本列島全体を開発する方向が打ち出され、旧全総はそれが策定されてから数年を経ずして改訂を余儀なくされるに至ったのである。経済審議会のこの報告を受けて、自民党は「都市政策大綱」をまとめ、日本列島を一つの広域都市間とする考えを打ち出した。これを政策として具体化したのが昭和四四年の新全国総合開発計画であり、それは、国土全休が首都から日帰り可能となれば日本列島が一つの都市になり、過密も過疎もなくなるという発想に根拠を置くものであった。

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 新全総の想定するところは、旧全総下の所得倍増計画を上まわって、二〇年間にGNPは五倍、基幹産業は鉄鋼四倍、石油五倍、石油化学一三倍、電カエネルギー五倍であり、これはまた安保体制の社会経済的軍事的基盤の創出をも意味していた。その計画内容は、巨大都市への集中が公害・交通・災害・土地・水のいずれをとっても限界に達したので、地方分散をはかるために日本全国を七つの地域に分け、それぞれの地域に拠点を設け、国家の援助によって過疎地に巨大な工業・観光基地を建設し、また地方中核都市をつくり出すと共に、他方その分散したものを中央中枢管理機構でコントロールできるように、全国的にネットワークをはりめぐらすこととし、新幹線・高速道路・橋梁・港湾などの交通ネットワーク、電信・電話・テレビ・コンピューター・などの通信情報ネットワーク網を確立する、というものであった。またそれは計画実現のための財政投融資を、高福祉・高負担の原則によって保障し、また計画達成のために必要な広域行政の展開と地方自治のイメージの転換を示唆するものであった。
 この新全縁は、旧全総下に目立ってきた諸矛盾すなわち巨大都市への集中、過密・過疎問題、公害・環境汚染、土地問題への対応等を一方では考慮に入れざるをえなかったが、その基調において、GNP至上主義や成長至上主義、すなわち「国際化・大型化・広域化・都市化・情報化・高速化といった「成長」礼讃、大きいもの早いものはよいものだ、開発は進歩、高成長は善という」思想を根本的には脱却できないのみならず、それを、むしろ旧全総より大規模な形で実現しようとするものであったから、国民生活に与える諸矛盾もまた、新全総の下でいっそう拡大されるに至った。
 また新全総下の全国開発は、国内後進地域に、安い土地、安い労働力、安い水資源を求めて進出するという企業サイドの発想に合致している。それは、比喩的に言えば、国内後進地域を植民地化するのに似ている。なぜなら、帝国主義が植民地に資本投下するとき、その地域の伝統的国民経済を破壊する形で上から資本進出がはかられるのと類似な現象を呈するからである。新全総の地方分散構想には、地域経済を伝統的に提ってきた地域鏡業や地場産業を守り育て発展するという発想はほとんど見受けられず、ぼう張した都市工業を地方に分散させるという発想にかたよっており、このような形で企業が農村に入れば、地域経済や無業を破壊するのは当然の成りゆきであった。
 さて、この新全総の下における全国的開発政策を進めるにあたっては、国家の土地把握が格段と強化されざるをえず、計画行政、土地行政のための新しい法体系の整備確立が緊急の課題となり、それらを前提として、土地所有・利用の私的権利に対する国家の介入が一段と積極的様相をおびるに至った。伝統的に私的権利の対象であった土地は、いまやその公共的性格が一段と強調され、公行政による権力的介入の対象となりつつある。新全総の下で登場した土地法、あるいは改正された土地法は、いずれも、この方向をめざすものであった。
 昭和四〇年代の後半に入ると、田中内閣が登場し、新令総の方向をさらにいっそう大規模な形で示すものとして、日本列島改造政策をうち出した。旧全総から新会話へ引きつがれた成長至上主義、GNP至上主義のもたらす諸矛盾とそこから生ずる政策破綻は、すでに四〇年代後半には、一般国民の目にもかなり明らかになりつつあり、国民不在の開発政策に対する民衆の批判と反対運動は、全国各地で急速に拡がっていった。またこのような国民的疑問と反対を一部受けとめて、行政実務の上では、新金縁策定後いくばくもなくして、その見直し作業も始められたが、まだその転換の方向も見定められない段階で、田中内閣は、政策の転換をはからないどころか、かえって「成長なくして福祉なし」の考えの下にGNPを新金縁の見とおしよりさらに二倍に引きあげる目標をかかげて列島改造政策を強行しようとした。
 すでに深刻な度合いが頂点に運した観のある地価問題にしても、数次の地価対策閣僚協議会の検討にかかわらず、政府の開発政策そのものが地価を上昇させた重要な要因であったことへの認識がなく、遂に、開発政策の下での土地流動化が十分に機能せず、農地・林地の住宅用・工業用宅地への転換が不十分であることが地価上昇の原因であるとの認識に立って、いっそう強力に開発を促進し、土地流動化政策を推進しようとし、その結果が、昭和四七、八年頃には、史上まれにみる土地投機と企業の土地所有の飛躍的増大、それに伴う地価の異常な高騰をもたらした。
 この日本列島改造路線の下で、各種ネットワークヘの先行的公共投資、巨大工業基地の建設等が大規模に進められた。しかし、それらは、必ずしも当初の予定どおりには進行せず、住民の反対運動も加わって、実現を阻止ないし延期されたり、あるいは計画変更や規模縮小をよぎなくされたものも少なくない。また新全総の一つの重点目標であった地方分散についても、当初の計画は実現せず、地価対策の失敗と共に、田中内閣の日本列島改造政策したがってまたそれを支える土地政策の破綻は、急速に国民の前に明らかとなったのである。田中内閣の終焉は、同時にまたその日本列島改造政策の終焉でもあった。

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