土地法制の確立

 地租改正に始まる明治初期の土地制度の変革は、一物一権主義という近代法的所有権制度の基礎のうえに立って、一方で封建的領主的土地所有を否認すると共に、他方で地主との関係では直接生産者の土地所有を否認し、爾後の地主的土地所有の展開へと途を開くという二面性をもっていた。同時に、明治初期の官民有区分政策は、国家が大量の入会山を農民の手から奪い、これを官有地(国有林)に編入する政策でもあった。この入会地のエンクロージャーの上に現出するぼう大な官有林(国有林)のうちのさらに少なからぬ部分が、後に御料林となって、敗戦まで天皇制の物質的基礎をつくることになる。
 封建的な領主的土地所有を否認し、法形態的に近代的所有を導入しつつ、地主的土地所有、国家的土地所有を創出した明治初期の法改革は、その後、明治一〇年代から二〇年代への政治的社会的激動の過程でさまざまの紆余曲折を経ながらも、明治中期の三〇年代初頭までにその法制的措置を一通り整備する。

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 土地制度の基本法たる明治民法は、地主に対する小作人の権利を物権として保護しようとした旧民法の規定を排除し、賃借権を債権とし、契約自由の名の下に地主の土地所有権の優位を保障した。それは、賃貸借契約の存続期間の制限、解約申入の自由、賃借権の対抗力、賃借権の譲渡の自由の制限、有益賃償還請求権、不可抗力による減収、永小作権等の諸規定の中にあらわれている。土地制度の基本法ともいうべき民法において、土地所有権中心主義がとられ、土地利用権の保障がきわめて不十分なものにとどまったということが、わが国の土地問題の解決を今日に至るまで困難にさせる出発点であったといえよう。
 民法が制定された時期は、地主制が確立されようとしていた時期にもあたり、地主は多くの場合、同時に前期的高利貸資本でもあったから、土地所有権と抵当権との対抗関係が明確にならず、抵当権が土地所有権から独立した近代的財産権として構成されず、民法の規定も、近代的抵当制度としては不備なものにとどまった。また土地と建物とが別個な不動産として構成されることによって、建物の処分(売買・抵当)が地主の意思によって制約され、土地上に建物資本を投下する者の地位が、地主に従属することになった。
 成長しつつある地主制は、民法のみならず、河川法、水利組合法、耕地整理法等、土地関係立法にも影響を与え、これら組合を地主勢力の下に再編しつつ、河川改修、用排水事業、耕地整理事業、土地改良事業を掌握した。同じく地主制の展開に照応して旧町村を合併し、新しくつくり出された市町村の行財政を規律する市制・町村制は、明治初期に官設をまぬかれた貧民の入会山をさらに公有地として市町村が取りあげる方向を打ち出した。この方針は、ややおくれて、明治四〇年代以降の入会整理、部落有財産整理統一政策として本格的に展開することになる。国家は一方において民法の中に共同体的土地所有を慣習法として保護する規定を設けながらも、他方において町村制および統一政策をつうじて、これを否認・解体し、そのエンクロージャーの上に、国家的土地所有の周辺に大量の公的土地所有をつくり出した。現在の市町村有、財産区有の林野のほとんどが、それである。
 民法はまた、家族制度をその中に取りこみ、戸主権を法定し、戸主の地位の承継を長男子家督相続制度として保障した。これにより事実上、「家」的土地所有は家産として家督相続の対象となったが、法律的構成としては、「家」の財産でなく、戸主個人の私有財産として構成されたために、民法の規定と家産観念との間には一定のギャップが生じ、爾後、何回か、家産の立法化が問題となったが、ついに実現はしなかった。

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